学習する組織とは

「学習する組織」の理論説明

「学習する組織」という考え方では、独特な考え方、通底する深い価値観が流れています。単なる技法の寄せ集めというよりも、人間の英知と自然に対する深い理解と敬意を払うような世界観があります。

通常「学習」というと「お勉強」と捉えたり、「知識を得たかどうか?」あるいは「スキルを身につけたかどうか?」と誤解することが多いです。しかし、SoLでいう「学習」とは、単なる「知識」「情報」「スキル」の習得にとどまりません。

SoLでは、学習を次のように定義しています。

  1. 目的を効果的に達成するための自分たちの能力と気づきの状態を高め続けること
  2. 自然のパターンを体現すること

ピーター・センゲは『学習する組織-システム思考で未来を創造する』(2011,東京)の中で次のように述べています。

「学習」や「学習する組織」について語りかけられると・・・・・教室に受け身の姿勢で座り、耳を傾け、指示に従い、間違えないことで先生を喜ばす」というイメージをすぐに呼び起こす。・・・・「情報を取り込むこと」と「真に学習すること」とは遠い親戚程度の関係だ。「サイクリングについてのすごくいい本を読んだ所なんだ–サイクリングのことはばっちり学習したよ」という使い方はばかげている。

真の学習は、「人間であるとはどういうことか」という意味の核心に踏み込むものだ。学習を通じて、私たちは自分自身を再形成する。学習を通じて、以前には決してできなかったことができるようになる。学習を通じて、私たちは世界の認識を新たにし、世界と自分との関係をとらえ直す。学習を通じて、私たちは、自分の中にある創造する能力や、人生の生成プロセスの一部になる能力を伸ばす。私たち一人ひとりの中に、この種の学習に対する深い渇望があるのだ。人類学者のエドワード・ホールが言っているように、「人間はずば抜けた優れた学習をする有機体である。学習したいという意欲は性的欲求と同じぐらい強いが、学習意欲の方が早くに芽生え、長く持続する」

そして、これが「学習する組織」の基本的な意味である。つまり、未来を創り出す能力を持続的に伸ばしている組織ということだ。このような組織にとっては、単に生き残るだけでは十分ではない。「生き残るための学習」–「適応学習」という名前で呼ばれることの方が多い–は重要であるし、確かに必要なものである。だが、学習する組織になるためには、「適応学習」は、私たちの未来を創造する力を高める学習である「生涯的学習」と結びつかなければならない。

組織学習の先駆者となった数人の勇気ある人たちが方向性を示しているが、学習する組織の構築という領域は、ほとんど未開拓のままだ。(ピーター・.センゲ『学習する組織-システム思考で未来を創造する』p.50)

学習とは、上記のような人の本質的な能力であり、未来を創り出す能力です。この能力を促進するために、5つのディシプリンがあり、それらは、個人や組織内のチームにおける生涯にわたる研究と実践そのものである。

1.自己マスタリー

志を育むディシプリンは、人々が我が事として創り出したいと望む結果の終始一貫したイメージ(個人のビジョン)を持つことと、同時に、現在の状況に対する現実的な評価(実際にある個人の現状)を行うことで成り立ちます。図でのゴムに示されるようなビジョン(Aspiration)と現実(Reality)の間の張力である、「創造的緊張感」を高めることを学ぶことによって、よりよい選択をするような能力を伸ばし、自ら望んだ結果をより多く生み出すことができます。
自己マスタリー

2.メンタルモデル

内省と探究のスキルを発達させるこのディシプリンは、思考と人々の相互作用に影響を与える態度と認知への気づきの状態を広げる発達させることに焦点が当てられます。世界に関して私たちが心の内に抱くイメージについて、継続的に内省し、話し、再考することによって、人々は、行動や意思決定において自ら手綱を握る能力を高めることができるようになります。図が示すのは、このディシプリンの強力な原理であるの「推論のはしご」で、「色眼鏡」「思い込みによる解釈」「決めつけ」「ステレオタイプ」など人々が非生産的な結論や推論に、瞬間的に飛びつくような事象を描き出すことを助けます。
メンタルモデル

3.共有ビジョン

集団でのディシプリンである「共有ビジョン」があることによって、集団や組織が共通の目的に焦点を当てることを確立します。人々は、集団や組織としてのコミットメントの感覚を育成することを学びます。また、創り出したいと願う共有した未来イメージ(目の図が象徴です)を展開させ、自分たちがそこへ到達するための原則や行動指針を生み出します。
共有ビジョン

4.チーム学習

これは、集団の相互作用のディシプリンです。「ダイアログ(対話)」や「上手な討論」といった技法を通じて、チームは、集団としての思考を変革し、メンバー個々人の能力の総和以上のエネルギーや能力を結集することを学びます。図が示しているのは、渡り鳥の集団が飛ぶように学習を志向するチームの自然な一致である。
チーム学習

5.システム思考

このディシプリンでは、人々は、相互の関係性と変化のダイナミクスについて学びます。それらに意識を払うことによって、私たち自身の行動が生み出す結果に影響を与えるさまざまな力に対して効果的に向きあることを学びます。システム思考は、の特性フィードバックや複雑性の結果生ずるシステムの挙動、つまり、あるシステムが拡張や安定に結びついていく特有の傾向に関する理論の積み重ねに基づいています。システム原型や様々な学習ラボ、シミュレーションなどといったツールや技法によって、いかにシステムをより効果的に変化するかについて、そして、自然界やマクロ経済といった巨大なプロセスにどのように調和して行動するかについての理解の助けとなります。図の円が示すのは、すべてのシステムの基本的な構成要素-つまり、自然に存在する成長もしくは制限プロセスの背景にある「フィードバックループ」です。
システム思考

 

5つのディシプリン

学習する組織における5つのディシプリンは、ピーター・センゲが発明したわけではありません。「何百人もの人たちが試み、研究し、書き著し、考え出した」ものであります。ピーター・センゲの功績は、それらの5つのディシプリンを統合的に活用することにありました。たとえでいうと、自動車を検討するときに、車輪だけが優れているのでも、ハンドルだけ研究しても意味がありません。それぞれのディシプリンは、単独にばらばらに使っていたのでは、その効果が限定されるためです。5つのディシプリンを総合することが、「学習する組織」において、もっとも大事なのです。

この学習する組織を取り入れることによって、インテル、HP、フォード、ナイキなどの数多くの企業で、飛躍的な成果を生み出してきました。しかし、学習する組織の適用範囲は企業に限定されるものではありません。

1991年に『学習する組織』の原著がベストセラーとなって、世界中の読者に読まれる過程で、学習する組織の意義は、教師や公務員、政治家、学生、親にも無関係ではないことが明らかになってきました。中にはシンガポールのように「学習する国家」を目指す国もあります。皆、未来を創造するための未開拓の可能性をもった「組織」の中にいるのです。また、皆、その可能性を開拓するには、自分自身の能力を開発する–つまり、学習する–必要があると感じているのです。